たとえどんなに言葉に気をつけても相手を傷つけてしまうことはあるから、僕が責任を持つのは「自分がどんな気持ちで発したか」までにしようと思う。

こんばんは、ゾノ( @ozonosho )です。

今日は、たとえどんなに言葉に気をつけても相手を傷つけてしまうことはあるから、僕が責任を持つのは「自分がどんな気持ちで発したか」までにしようと思うって話です。

たとえどんなに言葉に気をつけても、気持ちを伝えれば相手を傷つけてしまうことがある

僕が運営している相談サイト「ココトモ」には日々さまざまな相談が届きます。
「もうここで助けてもらえなかったら生きていけません…」「周りの人に裏切られたので今から自殺します…」など、その人の人生にかかわるような相談も少なくありません。

そのため活動をはじめたばかりの頃には「僕の言葉によって相手のことを傷つけてしまわないかな…」と不安になることも多かったし、実際に「ゾノさんのせいで傷つきました」と伝えられることもありました。

そういった言葉をもらったときに当時の僕は「あぁぁ自分のせいで傷つけてしまった…。どうしよう。」と悩んでとても苦しくなりました。
四六時中どうしたら相手の気持ちを癒せるのかばかり考えて、自分のことに手がつかなくなることもありました。

自分のせいで相手を傷つけてしまったという感情はとても苦しいです。
だから苦しんだあとにはいつも「もう二度と相手に同じような思いはさせたくない…!」「次からはもっと言葉に気をつけよう…!」と自分に誓いました。

だけどどんなに言葉に気をつけても、その後も相手を傷つけてしまうことがありました。

僕の相談対応がただ下手くそって話なら(個人的には悲しいけど)まぁ割り切れるのですが、実際には、僕だけでなく他のココトモメンバーたちからも「どんなに言葉に気をつけても相手のことを傷つけてしまう…」という声が多くありました。

気持ちを伝えなければ、相手が傷つくこともないし自分が傷つくこともない。だけど…

当たり前だけど、心は1人1人違います。
同じような悩みを持った人たちに同じような言葉をかけたとしても相手の反応は1人1人違います。たまたま相手の心に響くこともあれば、相手の心に響かないこともあります。

きっと、相手の心を100%汲み取ることはできないんだと思います。
だからこそ、相手に自分の気持ちを伝える以上は相手を傷つけてしまう可能性もかならず一緒についてきます。

それでも僕が相手に気持ちを伝え続けるのは、自分の気持ちを伝えることで「誰かの感情に寄り添えた喜び=誰かと心が繋がったと感じる喜び」を得られることもあるからです。

自分の気持ちを伝えることをしなければ、相手が傷つくこともないし自分が傷つくこともない。
だけど、誰かと心が繋がったと感じる喜びもなくなってしまう。

僕は、それは嫌だ。

相手の受け取り方は選べない。だけど「自分がどんな気持ちで発するか」は選べる。

相手の気持ちはどこまでいっても相手にしか分かりません。
だから、僕がどんなに言葉に気をつけたとしても、自分の気持ちを伝える以上は相手を傷つけてしまう可能性があります。

僕には「相手の受け取り方」は選べない。
だけど「自分の発し方」は僕の心次第だから僕が選べる。

だとしたら心と時間を割くべきなのは「相手がどう受け取るか心配すること」よりも「自分の発し方に精一杯の愛情をこめること」なんじゃないかな。

そして、自分が発する言葉に精一杯の愛情をこめたのなら、そのあとに相手がどう受け取るかは相手の自由で良いのだと思う。

今の僕はそう感じているから、僕が責任を持つのは「自分がどんな気持ちで発したか」までにしようと思う。

ゾノについて

個人事業主・経営者に向けたブログ

このブログと一緒によく読まれているブログ

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。

  • 検索

ページTOP